わりとなんでもどうでもいい

わりとなんでもどうでもいい

自分と家族の記憶のために記録中@ちぇび

past:はじまりの次

娘が産まれてしばらく実家にいましたが、産後ブルーになり

実家暮らしがとても辛かった・・・そんな時期、元ダンナは親に

譲ってもらった車を大破させる事故を起こします。

本人はケロッとしてるんですが、決して何がどうなったという

話をしてはくれませんでした。子供も出来たばかりだしそんな

話は酷だろうという気遣いかもしれませんが、私としては何が

どうなったのか知りたかった。



娘が1歳すぎになる頃には、家計は火の車。なぜか?

分かりません。

私は元ダンナから生活費7万円をもらってやりくりしていた

だけですから。

それで1ヶ月・・・私の物はほぼ買えない。でも子供のために

一生懸命やりくりして可愛いお洋服とか色々買ってあげてました。

楽しかったな、娘と毎日一緒にすごす日々・・・



どうにもやってられない・・・と元ダンナはダブルワークを

し始めました。フリーペーパーの会社を辞め工場で働き

始めました。

「え?工場?カフェの夢は???んでやっぱり営業辞め

たんか・・・」

でもまぁ、自分と妻と子供がきちんと生活できる基盤を築く

には工場でもダブルワークでもして稼がなくてはならない!!

見た目そういう印象を受けたので健康面は心配ですが、一家の主

ですからね、頑張っていただかなくては・・・。

そして、ダブルワークをしている事が親に伝わった後、それが彼の

お婆ちゃんに伝わり「千葉に呼び寄せなさい。」という号令が出た

んだそうです。

彼のお婆ちゃんは千葉の田舎の大地主。お婆ちゃんの持ち物である

マンションに住まわせてもらうという、まるで夢のようなお話が

舞い込んで来ました。



姑はそんな話一言も切り出しませんでしたけどね・・・むしろ嫁も

働いて生計を立てろ!うちやうちの親を頼りになんて絶対に

させるもんか!!!そんな勢いでした。だから私は全く希望さえも

してなかったんです。

お婆ちゃんからの号令とあっては姑は逆らえず・・・親の持ち物だし・・・

だからブツブツ陰では言ってたと思いますが、気にしてたら負け!と

お婆ちゃんに甘える事にし、大好きな街、京都を引き払いました。

娘が1歳過ぎの事です。



慣れない土地に移り住み、全く誰も顔見知りのいない状況・・・でも

私は平気でした。元々一人でも平気だし、何よりも娘がいました。

彼女といられるならどこでも何でも平気でした。(既にここで元ダンナの影が薄れています)







そして・・・





ある日理解に苦しむ物を見つけるのでした・・・